留学のすすめ.jp

Invitation to Study Abroad

Disseminating the Impact of Study Abroad
Inter-generational Knowledge Transfer

特別インタビュー

海外経験が自分の視野を広げ、将来の自分のためになる

一般社団法人 グローバル教育推進プロジェクト(GiFT) 辰野 まどか氏

17歳の強烈な海外体験からグローバル教育に興味を持つようになり、国内外問わず様々なプログラムに参加し世界を広げていく。大学卒業後コーチング専門会社に3年間勤めた後、米国大学院SITにて異文化サービス・リーダーシップ・マネジメント修士号を取得。米国教育NPOでのグローバル教育コーディネーターや内閣府主催「世界青年の船」事業コース・ディスカッション主任等を経て、2012年末にGiFT (Global Incubation × Fostering Talents)を社会法人化。グローバル・シチズンシップ(地球志民)育成に向け、東南アジア7カ国を舞台にした体験型海外研修や教育機関での講演・ワークショップなど様々なプログラムを提供している。
 
海外でのエピソード、GiFTについて、そして留学や海外経験が自分の人生に与える影響など、たくさんのお話を聞かせていただきました。

スイスでの国際会議

まず、まどかさんにとって人生のターニングポイントである高校二年生で経験したスイスでの国際会議について伺った。この会議は、辰野さんのお母さんのすすめで、高校2年生という若さで参加することになったとのことである。

 

「まずスイスでの話を短く説明すると、私は中学生のころから英語が大嫌いで、英語一切勉強しないし、海外に興味ない、日本人は日本語喋っていればいいと思って生きてたのね。だから英語全然できなかったし。だけど、ある日、私の母が17歳の誕生日プレゼントに、スイスの国際会議に出る権利をプレゼントしてくれて。50か国300人の人が本気で世界をどうやったら平和にできるのかっていうので紛争・環境・人口いろんな問題を三週間毎日毎日話し合う、そういった国際会議に参加して。英語できないながらも当時戦後五十周年で戦争について考えたり、いろいろ自分の中に何か目覚めることがあって。その会議の最後、『こうして世界の人が世界の平和について話し合うこの場は本当に素晴らしいと思います。これからもずっと続いて欲しいと思います。』って感想を言ったら、そこにいた一番よぼよぼのおばあちゃんに、『何言ってるの!?あなたが続けていくんでしょう!』ってすごく厳しく怒られて。その一言から私の人生が激変して、こうして現在のGiFTのような場を作るお仕事をしようと、その時から思って、今夢がかなってみんなと活動できてる状況なんです。」

衝撃的な一言を受け、まどかさんは熱意を胸に帰国し、いよいよ動き出していく。

「まあスイスで熱くなっちゃって日本に帰ってきたわけですよ。私が平和を創らなきゃと。でも、熱くなった思いをあまりどうしていいかわからなくて。結果、高校三年生の時に大学の国際協力系とか環境系のサークルがあることを知って、私美術部で絵が描けるからサークルのロゴ作りや、冊子の挿絵を描くということでボランティアしに行ったりしてた。そうして、背伸びして、そういう国際問題とかの勉強会に出るようになったっていうのがありました。そういうお手伝いをするようになったってことが大きな行動が変わったところかなと思います。」

先輩たちとバーを立ち上げた経験

大学入学後、日本で世界をよりよくする活動をしている人たちに出会いたいと考え、まず日本を知ろうとしたまどかさん。様々な分野、地域で活動する熱い若者が集まるバーを、学生中心にオープンした経験は、他大学を含めて、様々な学生と繋がるきっかけとなったという。

 

「当時はインターネットが繋がったばかりな時代だった。それまでは大学の中でしか友達を作れなかったけど、インターネットができたから、いろんな大学を繋げられるんじゃないかっていう面白いことが起こって。全国の熱い二十代を繋ぐっていうのを大学一年生の時に上の世代の熱いお兄さん達といろいろ仕掛けて場作りしたりしてた。結果的には、本当に面白い、いろんな環境問題や国際問題に向き合い活動している人たちに全国いろんなところで出会えた。そうやって出会った個性豊かな人達を集めていろんなプロジェクトが生まれるような場を作りたいということで、学生だけで店を作ろうってなったんだよね。先輩たちと共にワクワクしながら準備して、サロンっていって、いろんな熱い人たちが集まって飲み語りできる、立てば百人くらい入るようなアイリッシュパブが、北区の王子っていう場所にオープンしたの。
当時はゼロから何かを作るっていうすばらしい経験をさせてもらったな。いろんなバックグラウンドのある人たちが集まって国際協力・政治・環境問題を話して繋がって新しいプロジェクトがうまれる、そんなバーを作ることはずっとみんなの夢だったから。サロンでは、たくさんの人と人との化学反応が起きて、たくさんの刺激と学びを浴びるそんな毎日だった。サロンには、立ち上げの時をご一緒し、その後、海外にも繋がりを広げたくて、海外へ。でも今もその仲間とは繋がっている。それが大学一年生二年生にやっていたことです。」

一年間休学し、Up with Peopleに参加

大学で多くの熱き出会いを経て、まどかさんは海外へと足を運ぶようになった。後に参加したアメリカのNPO団体でのボランティア経験は、彼女の価値観を大きく描き替えたという。

 

「大学1、2年で日本で熱い同世代に出会えて日本の勢いを知ることができたので、次は世界を知ろうと。大学二年生のときは中国を横断したり、ヨーロッパ横断したりとかして。とにかく世界を全部回りたかったから、世界地図広げてどうやったら学生時代のうちに世界を回れるだろうってずっと考えていたんだけど、やっぱりそれじゃ足りなくて、大学4年目に、丸一年休学してUp with PeopleっていうアメリカのNPO団体で、世界を一年間で70都市まわり、三日四日おきに知らない人の家に泊まるっていう、プログラムに参加したの。すごくない?面白いでしょ。しかもやることは、ほとんどの都市でミュージカルをやり、ホームステイをし、ボランティア活動をするっていうのがコアなプログラムで。当時は5つのグループが世界を旅したのだけど、私のチームはアメリカ縦断してカナダまで行ってメキシコも半縦断して、そのあと日本来て10都市くらい回って、というスケジュールだった。それを、22か国120人のメンバーとバスを3台借り切ってまわって、街に着いては人の家に泊めてもらう、というのを一年間やってた。
Up with Peopleのプログラムでの経験は、いま、GiFTで活きていているくらい、グローバル教育や、そういう異文化理解をどっぷり体験して学ぶことができた。それを丸一年。このプログラムを経て、なんでも食べれるし、どこでも眠れるし、いろいろな人に会っても大丈夫になったの。異文化体験に対して抵抗がなくなる大きなきっかけになった。」

Up with People 集合写真
Up with People 集合写真

カルチャーショックを感じた体験

―それだけたくさんの都市を回って、何かカルチャーショックや異文化体験・衝撃的なこととかありましたか。

「もうね、ありすぎて。自分なりに気づいたことは、『そう来たか』ってことが快感なんだなって思って。50都市くらい回ったら、結構アメリカ嫌いになっちゃったの。ほとんど田舎を回るのでザ・アメリカ人のおうちに泊まっていくんだけど、英語ができない人の気持ちが全くわからない。英語は世界共通語だしアメリカに来る人はみんなできると思ってるから。当時私は、全然英語喋れず、ルームメイトは英語ができるから、ホストファミリーとかに全然相手にしてもらえないの。グループも半分くらいアメリカ人だっただから最初の半年辛くて。実は一年間のプログラムの半分は孤独で大変だった。そしたらツアーでアメリカを回った後にメキシコに行ったの。そしたら何が起きたかって。まず、すごくテンションアゲアゲだったアメリカ人チームが突然おとなしくなっちゃったの。逆のことが起きて、彼らにとって英語ができるのが当たり前なのにメキシコに入った途端に英語が通じなくなっちゃうわけ。しかも文化も全然違う。アメリカを舞台にしたそれまでのツアーはアメリカ人にはショックがないツアーだったのだけど、国境を越えたら別世界が待ち受けていてものすごいカルチャーショックを受けていた。そうしたらそれまでけっこう大人しかったヨーロッパ人や日本人の方がむしろ元気になって。
だいたいホームステイの時ルームメイトがついてくるんだけど、グアダラハラっていう都市では私にはルームメイトがいなくて、ホームステイに独りぼっちでいかなきゃいけなかったのね。そのうえそのホストファミリーは英語が話せなくて。だけどそこに1週間一人で滞在して何が起こったというと。私が片言のスペイン語でね、一生懸命に話したの。そうしたら向こうはなんでもかんでも理解してくれようとしてくれるし、ちょっとでも喋るだけでいちいち大盛り上がりで。でも最後一週間終わってお別れしなきゃいけない時に、家族みんなで泣いて、ほとんど一言も英語が喋れないはずのお母さんがその日の朝だけ”I LOVE YOU.”って突然言ってきて。お父さんは全部スペイン語で書いた手紙を英語自動翻訳かけて渡してきて。もう号泣してその街を去った。

英語ができないと人とコミュニケーションとれないとか、相手にされないってずっと思ってたんだけど、ホストファミリーとの交流で、英語だけじゃないんだっていう体験をして、やっぱり人の事を知りたいとか大切にしたいという思いは言葉を越えるなと。私にとって、ある意味カルチャーショックでいい経験だったなあと思います。」

 

―人の家に泊まるときはやっぱり最初にコンタクトしてお願いしておかないとだめですよね?

「そうそう。それがすごいプログラムで、120人の大所帯がちっちゃい町をずっと旅していくわけだから大変なわけよ、ホストファミリーを見つけるのが。私が、グループが滞在する街に前入りして、1か月半準備した時、本当に大変だった。リストだけNPOから渡されて、上から下まで電話をかけろと。それでホストファミリーを自力で探して。街でショーもやるから、1000枚ぐらいのチケットを売れと。英語できない!とか言ってる場合じゃなくて、ものすごく大変だった。」

 

―それでOKくれる人もいるのですか?

「いるいる!アメリカ人とドイツ人と私の3人チームで、地元の人たちにたくさん助けてもらいながら、ちゃんと皆が来たときには120人分のベッドを確保できたの。超度胸ついた。あれは一番英語力が上がったと思う。」

前入りしてホストファミリーを一緒に探したアメリカ人・ドイツ人メンバーと
前入りしてホストファミリーを一緒に探したアメリカ人・ドイツ人メンバーと

休学の決意

―休学って結構決意しないといけないイメージがあるのですが、どうやって決断したんですか?

「まあ行くとしたら休学しかないなと思っていたので、単位も三年生の時までに全部取って、もう四年生何もすることない状況にしたの。ただ、休学するって当時めちゃめちゃ珍しくて、しかもすごく厳しい学校にいたので。教授からもかなり珍しがられたけど。だけど、自分の中ですごい思い込みで、その時は、何でも好きなことできるのは大学時代だけだと思ってたの。社会に一歩でも入ったら、その世界はなくなるから、大学時代に自分が今やりたいと思ったこと全部やりきらなきゃいけない!と思ってて。そういう意味で、休学を決めたのも、「卒業してから行くのは難しいだろうな」っていう気持ちがあって行っちゃったね。まあそれなりに多少悩んだけどね。今思えば、むしろ行って良かったなって。」

コーチングの仕事との出会い

―大学卒業してからは、普通に就職したんですよね?

「そうなのよ、それが。大学時代に起業に関わったりとか、世界まわったりだとかしてたから当然『まどかは普通の就職はしないで起業とかしそう』って当時から言われてて、さてどうしようかと思ってたんだけど、これが、衝撃的なことに、就職を考えていた頃に、私が関わってたバーと、4年間インターンしてた外務省の外部団体と、Up with Peopleが、それぞれ経営が厳しい状態になったり、事業仕分け、活動休止などいろんなことが同時に起きたの。そしたら、さすがにここで熱くなってた私も少し冷静になる時間があり、『全部、めちゃいいことやってたのに、なんで?』と思った時にわかったのが、ビジネスやお金を回す大変さ。素晴らしいビジョンと共に、ちゃんとお金を回していくことはものすごく大切なんだって思った。だから結局、こういう世界(GiFTのパンフレットを指して)を本気で作りたかったら、私はちゃんとビジネスを知らないとだめなんだって。それで、ビジネスを知るために、ビジネスコンサルタントっていう仕事を受けようかなと思っていたときに、Up with Peopleを再建させるための会議がアメリカであって、就活すっ飛ばして行っちゃったわけ。そしたら、その会議ですごい出会いがあって。そこにいたのが、ビジネスコーチっていう仕事についている人だったの。コーチングって聞いたことある?ビジネスコンサルっていうのはどちらかというと答えや解決策を渡す仕事なんだよね。コーチングってね、いわゆるスポーツのコーチと一緒で、メンバーを育てていく手法なんだけど、その手法っていうのは、質問を通して相手のモチベーションを引き出したりとか、ビジョンを明確にしていくっていうものなの。その会議で、世界中から同窓生が集まって、『この団体を何でつぶしたんだ!』ってなってるときに、そのビジネスコーチの人が、ファシリテートして、そのいろんな国の人たちの思いを引き出し、まとめ上げて、これからの一歩を作る会議に変えてしまったの。その時、『私やりたいの、これだ!』って思って、アメリカで熱くなったんだけど、帰国したらコーチングなんて誰も知らなくて。そこで、何かないかなって検索したら、2社だけあって、採用のページ見たら、職務経験五年以上って書かれていて。私新卒だったので諦めかけたんだけど、アメリカ仕込みのちょっと自信過剰な部分と共に『とりあえず話聞いてください!』と言って、無理矢理応募して。実際に会ったら、もう面接官からコーチだから、すごく聞いてくれて。『あなたはとりあえず採用ルートには乗せてあげるから、これから毎週来なさい』って言われて。そして結果的に無理矢理、初の新卒でその会社coach21(現coachA))に入ったっていう。でもね、『五年の実務経験っていうルールがあるのに何で私を採用したのかというと、一番評価したのがその前提を超えてきたことだったからです』、って言われたんだよね。」

夢を応援してくれた仲間たち

その後、まどかさんは三年程その会社に勤め、その後アメリカの大学院に行くことを決意した。しかし、決意する前は、その夢を諦めようとしたという。まどかさんは三年間で、ビジネスコーチとしてのスキルを身につけ、難易度の高い資格も持ち、会社も大きくなり、新たなメンバーも次々と転職してきた。このタイミングで辞めてしまうのはもったいないと考えはじめ、夢をなかったことにしようと思った時期があった。そんなときに、学生時代の仲間たちのおかげで目を覚ましたそうだ。

 

「将来留学するぞ、という夢を、一旦なかったことにしようと思っていたときに、学生時代にバーを一緒にやってた先輩たちが、突然、誕生日パーティーをやってくれたの。夜仕事が終わって23時くらいに、青山らへんを歩いていたら突然、はっぴ着た兄ちゃんたち(先輩たち)が私のところにやってきて、突然私を持ち抱えて、車へぼんって入れたわけ。で、そのまま彼らが誕生日祝ってやるって言って、川辺まで連れて行ってくれたの。川辺についたら、皆がもう待ってて、バーベキューパーティーを準備してくれて、誕生日おめでとう!とかってやってくれた。そしたら、みなさんが私の夢をすっごく覚えてくれていて。なぜなら、高校三年生の時から、私は先輩たちに、私はこういうことをやりたい!っていうのをずっと言ってたの。そしたら、その誕生日パーティーの終わりの時に、最後に全員から一人一言ずつお祝いのメッセージを、っていう時間があって。私が、仕事続けてたらお金稼げるし、TOEFLの点数取るの面倒だし、もういいかなってなってるときに、『まどかは本当にずっと夢を追いかけててすごいと思う、これからも頑張って欲しい』って、応援のメッセージをもらったの。」

 

この誕生日パーティーの後に、まどかさんは風邪を引いて、会社を初めて休んでしまった。しかし、会社は入社した時と変わって大きくなったため、彼女が休んでも問題なく仕事がまわっていることを実感する。それと同時に、昔の仲間たちからの応援と本来の目標である留学が脳裏に浮かぶ。それから会社を辞め、大学院に向けて猛勉強をし、最短で入学したそうだ。

 

「やっぱり学生時代のこういう仲間って本当にすごいなあ、と思う。学生時代にいっぱい語ったり、自分が本当に何をしたいのかを友達に聞いてもらっておくっていうのは、その後につながる大きなギフトになると思う。」

大学院の卒業

−大学院を卒業してからは?

「実は全然卒業できなくて。大学院のプラクティカム(世界のどこかで大学院で学んできたことを6ヶ月以上実践する期間)の準備をしている時にたまたまUp with Peopleが再始動して、スターティングメンバーを探しているという噂を聞いて、駄目元で面接を受けたら受かっちゃって、それで就職しちゃったの。当時はグループと世界を回るスタッフは11名のみ。私は教育コーディネーターになった。そのメンバーと、約20カ国100人の生徒を連れて世界を回るプログラムが始まったの。すごく大変だったけどめちゃくちゃ楽しくて、毎日色々な事件が起きて、皆すごく愉快な面白い仲間で、まあ楽しくなっちゃって、やめられない。で、半年ごとのプログラムだけど「もう一回周りたい!」って言ってうっかり仕事を続けてしまって、修士論文書かず。そしたら遂に一年ほったらかしてた大学院から厳しいメールが来て。でもさすがにね、3年稼いで頑張って貯めたお金で行った大学院だし、修士号取らないのもなあと思って、泣く泣く1年でやめたんだけど、そしたら次は「世界青年の船」事業っていう色々な国の人達と洗浄で学びあうプログラムがあって、そこで「一緒に船に乗って仕事しないか?」っていうお話が来て、それでまた仕事を引き受け、世界を旅してしまったの。あと、ニューヨークの国連の平和の文化会議のプロジェクトに誘われて、「やります!」とか言っていたらもう・・・。ぜんぜん修士論文書けない。それでもういい加減リミットが切れるぞっていうギリギリの所で、もう次の仕事始まっちゃてる中で、土日や休みの日に一生懸命書いた。で、なんとか卒業したんだけど、最短2年のとこを4、5年かけて卒業した気がする。でも、それがあって、明治学院大学国際学部国際キャリア学科で5年ほど「サービスラーニング」っていう授業を担当することができたし、今は東洋大学の客員教授として大学院生と関わらせていただいている。修士号なくしては絶対に出来ないことだったので、取れたことに本当に感謝しているの。」

大学院にて、記念写真
大学院にて、記念写真
Up with People スタッフ仲間たちと
Up with People スタッフ仲間たちと

青年の船とGiFTの立ち上げ

まどかさんは、学生時代にUp with Peopleから帰って来た後、「東南アジア青年の船」事業に参加者として参加していた。その繋がりから、留学から帰ってきてから「世界青年の船」事業に乗る誘いを受け、そのまま職員になったという。そこでコース・ディスカッション(教育プログラム)担当を任されて、世界15カ国の青年たちへのプログラムづくりに関わった。船に乗った経験は本当に楽しく、GiFTを立ち上げる直前までその仕事をしていたというぐらい本当にやめられない充実した仕事だったと言う。

 

「ただ、Up with Peopleも「世界青年の船」も本当に素晴らしい事業なんだけど、その深い価値は関わった人しか分からないのではないかと思うときがあって。船上では、多国籍の青年たちが、深い対話と共に、未来への行動を作り上げているんだけれども、その価値を伝えきれない歯がゆさもあった。もっと一般的に誰でも理解できるものにすればこういう事業の価値がもっと理解され、広められるのではないかと思った。今GiFTが尽力しているのは国連のSDGs(持続可能な開発目標)とつなげたり、新学習指導要領につなげたりしながら、ESD(持続可能な開発のための教育)やグローバル・シチズンシップ育成の価値を広めること。こうした活動が、今までにある様々な国際協力や国際交流プログラムの価値化につながるのではないかと信じながら。

この夏に、GiFTが取り組んでいる海外研修「Diversity Voyage」の参加者が1000人を越えました。参加者のことをVoyagerって呼んでいるんだけど、大きなコミュニティになっていて、今夏も120人の枠にこの夏は221人応募があったの。Voyageも、1期のメンバーがすごく頑張ってくれたから土台ができて、Voyagerたちが広めてくれて、今は9期目。それも本当にこのメンバーが盛り上げてくれたから、今があるっていう感じです。芦沢先生も本当にたくさんお力添えくださって。このVoyageに参加したメンバーは何人も青年の船に応募して乗船しています。」

 

―GiFTを作って良かったと思う瞬間はありますか?

「本当に毎度思う。やっぱりグローバル教育という17歳から走り続けて来たこの道が全部今につながっていて、その時にできた同じ志を持った仲間たちと一緒に仕事ができてる。私は友達の最上級は一緒に仕事ができることと思っていて、今、7カ国でプログラムとかやっていて、このプログラムを一緒に取り組んでいる相手は全員友達や志を共にした仲間なの。」

 

今年のまどかさんの誕生日に開かれたサプライズパーティーでのエピソードを聞き、まどかさんが本当に仲間を大切にしてこれまでやってきたということが伝わってきた。

 

「この間、誕生日だったんだけど、一週間くらい前にサプライズパーティーが恵比寿で開かれたの。大樹さんからご飯に行こうって誘われて恵比寿に行ったんだけど、レストランの三階に上がったら、『お誕生日おめでとう!』って。青年の船の仲間たちとか、Up with Peopleの友達とか、大学院の友達とかが全部コミュニティが違うのにいるの。50人くらい。大樹さんと幹事の友達が、私のコミュニティを調べてFacebookでアタックして友達申請して声かけてくれたのこと。何年振り?みたいな友達もたくさんいて。『まどかは本当に出会った時からグローバル教育ってずっと言ってたよね。それをずっと発信してたよね。』ってスライドショーでメッセージを出してくれたりして。友達から『まどかは夢を追いかけてるから、ずっと何も変わらず、天命みたいにグローバル教育って同じ事をやってるから、みんなが応援したくなるんだよね』って言われた。それはもちろん大変なこともいっぱいあるけど、でも、夢を諦めないってことは、こうやって友達と繋がれるきっかけにもなれるのかなぁと思って。それはGiFTをやってて良かったなぁってすごく思います。

Toyo × Diversity Voyage 9期 集合写真
Toyo × Diversity Voyage 9期 集合写真

これから留学に行く学生、留学したいと考えている学生へのメッセージ

「海外で深い体験をすると、自分の視野が広がり、世界を感じるセンサーを手に入れることができる。そのセンサーを持っているから、1年後2年後3年後、ますます視野が広がり、10年20年経つと、大きな違いになってくる。人生が激変していくんだよね。帰って来た時はカルチャーショック的なものを感じると思うけど、海外で開いた感性は意識すれば開き続けることができるし、繋がり続けられるし、結果、未来の自分に感謝される。すごいことだと思う。学生時代だから許される部分ってあるから、いまやりたいことを全部、今やるくらいの気持ちでいないと。『バイトが忙しいんで』『親が許さないんで』っていう人がたくさんいるんだよね。でも面白いのが、わたしの経験測で言うと、学生時代に、バイトや時間や家族のせいにしている人って、社会に出たらますます何にもできなくなる。だって、しがらみのない学生が、何かのせいで行動できないと言っていたら、社会に出て、会社休んで留学は絶対できないし、自分が本当にやりたいことに向かえますかっていったら向かえない。学生時代に、本当にやりたいことをやってると、やれるって感覚が自分の体に残るから。別に社会人になっても、会社の為になんて思わないで、1〜2週間有給とって海外の友達に会いに行くこともできるし、また留学するとか、チャレンジするとか、できるって思える。大学時代に自分の可能性をどこまで広げられるかがそのあとの自分の人生がどれだけ自由になるかっていうのに絶対繋がるから。」

インタビュー時の様子
インタビュー時の様子

 

まどかさんから写真を撮ろうと御声がけしてくださいました!
まどかさんから写真を撮ろうと御声がけしてくださいました!

 

当日は、まどかさん、大樹さんのご夫婦そろって来校していただき、それぞれインタビューさせていただきました。お忙しい中、ありがとうございました!

【編集後記】

私は昨年にGiFTに参加したのだが、お話を聞いて、まどかさんがこれまでたくさんの経験を積んで、それが繋がってGiFTを作り上げることができたのだとわかり、感動した。『その時にやりたいと思ったことに理由はいらない。やりたいと思うから、やるんだ。』というまどかさんの言葉には本当に納得した。まどかさんは様々な経験を積んできたが、最終的にはすべての行動が繋がって今がある。そして、すべての行動に対してのまどかさんの熱い想いが、お話を聞いていて伝わった。だから、私も何かと理由をつけて諦めたりせず、やりたいと思ったことにはどんどん挑戦したいと思った。まどかさんのように、多くの人々と出会い、その仲間を大切にし、様々なことに挑戦していきたい。(加藤るか)

今回、インタビュー未経験の学生が多く初めはかなり緊張していたのですが、一人ひとりを名前で呼んで、準備した質問に答えてくださるだけでなく、私たちの話を聞いてくださるなど、まどかさんの人柄のおかげでなごやかな雰囲気の中インタビューを続けることができました。きっかけとなったスイスの国際会議から今までのたくさんの人との出会いが、まどかさんの心を動かし、その強い熱意がまた誰かを動かしている。何かを成し遂げるためには、人との関わりが大事であるなと実感しました。人生がより豊かなものになるように、私も関わった全ての人との出会いを大切にしていきたいです。(関根冴香)

まどかさんにインタビューをして、同じ志を持つ友達を増やしたいと思った。まどかさんは17歳からグローバル教育という道を走り続け、たくさんの同志に出会い、様々なプログラムに取り組んで来た。まどかさんは「友達の最上級は一緒に仕事ができること」とおしゃっていた。私もその通りだと思う。さらに言うと、「友達の最上級は一緒に夢を追いかけること」だと思う。東洋大学の国際学部に入学してから、多くの国際関係に興味を持っている友達に出会うことができた。そういう仲間を大事にし、まずは夢を見つけ大学生活を有意義に過ごしたいと思った。また、まどかさんは学生時代にたくさんの経験をするべきだとおっしゃっていた。大学生の強みは時間を好きなことに費やすことができることだと思っている。なので、大学生のうちにいろいろなことを経験し、成功や失敗を積み重ね、大きく成長したいと思った。(加藤遼晟)

やはり、経験は自分の一生の宝物になると同時に、自分に最も影響をもたらしてくれるものだと思った。まどかさんが「GiFT」を立ち上げたきっかけも自分自身の経験を通してだった。好奇心旺盛で何事にも挑戦してみたいという意思が今のご本人にもつながっていると思った。今回私たちに話してくれたことは経験の一部に過ぎないだろう。もっと聞きたいと思うと同時に私も色々な体験を積み、そこから自分の将来につながるものを探せればいいなと思った。色々な体験を積み重ねる中でも反対する人も沢山いたと思うが、それを押し切ってまでも自分の意思を通そうとする姿勢に憧れを持つと同時に、いつも「自分らしく」いようという強い気持ちを人一倍持っている人なのだとお話しを通じて感じることができた。(松阪歩美)

東洋大学国際地域学部国際地域学科3年 加藤 るか
東洋大学国際地域学部国際地域学科3年 関根 冴香
東洋大学国際学部国際地域学科2年 加藤 遼晟
東洋大学国際学部国際地域学科2年 松阪 歩美
「青年の船」が人生の船出
一般社団法人 グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)
鈴木大樹 氏
『世界一周して千人カット』美容師の桑原淳さんへインタビュー
美容室 Up to You / サロカリ代表 / 超超エリート株式会社 代表取締役
桑原淳 氏
海外経験が自分の視野を広げ、将来の自分のためになる
一般社団法人 グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)
辰野 まどか 氏