インタビュー
世界で役立つ医療CGを作って少しでも医療を良くする!
瀬尾拡史氏
2016年8月26日 1,415ページビュー アメリカ合衆国東京大学医学部医学科在学中、デジタルハリウッドへのダブルスクールにて3DCGの基礎を習得し、アメリカのJohns Hopkins Medicineへ短期留学をされています。
現在は、「サイエンスを、正しく、楽しく。」を合言葉に、サイエンスコンテンツのプロデュース、制作を行う株式会社サイアメントの代表取締役を務め、医療CGプロデューサー、サイエンスCGクリエーターとしてご活動されています。
Q.瀬尾さんは他の人とは違った人生を歩んでいるな、というように感じたのですが、まず、そもそもどんなきっかけでこの道を選んだのか、ということをお聞きしたいです。
A.僕は中学生の時に学校のパソコン部に入って、プログラミングをやっていました。自分でCGを作ろう、というようなことがパソコン部のテーマになっていました。それから、NHKの教育番組がすごく好きだったんです。その中でCGをたくさん使うものがあって、面白いな、と思っていました。こういうものを作る人になりたいな、と思っていたのがもともとのきっかけです。だけど、CGそのものは手段でしかありませんよね。結局何かを作るためのCGというのは、表現方法の1つだと思うんです。ちゃんとしたものを作る時には手段を覚えること以上に中身を知らないといけないと思っていました。そう思って医学部に進んだんです。おかしく感じるかもしれないんですが、科学系の事件が起こった時にきちんと科学のことを理解している記者がいないからちゃんと伝わらないんだ、というように最近よく言われますよね。そういうことも僕の考えと被ると思うんです。やはり作り手の人は中身そのものについてわかってないといけないと思います。みんながみんなこういう道に進んでしまうとお医者さんがいなくなってしまいますが、何人かはこういう道に進む人がいて良いのではないかと思いました。研究の常識が一般の人にとっては常識でないということもあります。そういうものを分かっている人が解説しなければいけないと思うんです。僕はそのうちの一人なんだと思っています。
Q.留学に行く前はどういう将来を目指していらっしゃったのでしょうか。
A.先ほど言った通り、医学系のCGのクリエイターですね。医療系のCGをやりたいということが高校生の頃にはもう固まっていました。先ほど話したようにNHKの番組を中学生の頃見ていたんです。どうすればこういうものを作れる人になれるのかな、と思って高校3年生の時に色々と調べてみたんです。すると、アメリカには医療専門のイラストレーターやCGクリエイターの人たちを輩出するような大学の学部・学科があるということがわかったんです。それからはそこに行きたいな、とずっと思っていました。高3の時にこれを知って、大学5年生の終わりくらいに留学したのでその間に6年くらい間があるんですけど、その間は日本国内でデジタルハリウッドに行って最低限の技術は身につけて、裁判員制度用のCGなどを作っていました。日本でいくつか作品を作っていたので、海外の大学の先生にメールを送って、「僕は先生のところに行きたいんです」と伝えて、留学させていただいたんです。行く前は、「世界を動かしているアメリカだし、こんなすごいものを作ってくるような人たちだから本当にすごいんだろう」という漠然とした憧れを超えた「越えられない壁」みたいなものを感じていました。でも実際に行ってみると生の教育現場がわかったんです。そうすると、「やっぱりすごいな」と思う部分と「別に神がかってるわけではない」と思う部分とがありました。こういうのは行けばわかるものなんだと思います。自分がやったことのないことに関しては何でもすごいことに感じてしまうと思うんですけど、やり始めるとけっして「越えられない壁」ではない、ってことはいっぱいあると思います。留学するとそういうことがよく分かるな、という気が僕はしました。それから、アプローチの仕方によっては十分に戦っていけるのではないか、とも思いました。それはなぜかというと、医療専門のイラストレーター、CGクリエイターになる人たちは基本的に医師免許を持っていないんです。もちろん、人体解剖や生理学の知識は持っているのですが、自分で治療したことがある人はまずいないし、医者と最初から普通に会話できる人もいません。絵のスキルは彼らの方が全然上でしたが、本当に病院の現場で必要なものを自ら感じ取れる人は実は少ないのではないか、と感じました。それから、もともと絵を描くのが好きな人たちなので、どうしても綺麗な絵を描きたがってしまう人も多かったんですけど、僕は一応医者の経験があるので、必ずしも綺麗なものが正解ではない、と思うんです。重要な部分がわかればいい、というようなこともあります。Google EarthとGoogle Mapの例えを出す人もいるんですけど、どこかに行きたいときに航空写真のGoogle Earthを見るのと、いろいろと省略や模式化されているGoogle Mapを見るのとではどっちがわかりやすいですか、と言われたらGoogle Mapの方がわかりやすいですよね。そういう世界って医者の世界の中にも実は沢山あるんです。でもそれは医者の感覚がないとわからないことです。これについても留学するまではわかりませんでした。留学をすると肌感覚で分かるようになるのでやっぱり留学前後でこれが大きな違いだと思います。
Q.それでは、海外体験インパクトシートについてお話しいただければと思います。留学中に起こった事件というのは…
A.やっぱり自分で行ってみると分かる肌感覚的なものって多いですよね。それが全てです。全部が全部手の届かないアメリカなんてものはなかったんです。そういう部分ももちろんあるのですが、そうでもない、と思うところもたくさんありました。それがわかったからその後のキャリアへの影響があります。自分は何ができるのか、自分が思っていたことが日本を飛び出したらどういう風に受け入れられるのかそれとも受け入れられないのか、認められ得るのか得ないのか、というようなことも何となく想像できるようになりました。人から聞いたりネットで記事を読むだけではわからないことがいっぱいあるなと感じました。それに尽きますね。
Q.何かカルチャーショックの経験がありましたら教えていただきたいです。
A. カルチャーショックなのかはわかりませんが、違うな、と感じたことはあります。日本の中にいると海外の人がいたり、日本語の喋り方がちょっと不自然に感じる人がいたりするとどうしてもちょっと構えますよね。僕の英語は明らかにネイティヴではないですが、アメリカはそういう人もたくさんいらっしゃるので、アメリカのネイティヴの人たちは分け隔てがないんです。そこは見習わなければいけないんだろうな、と思いました。いわゆるスラングみたいなものが出てきた時に僕がわからないような顔をしているとその意味について教えてくれたりしました。そういうのは日本ではあまりないな、と感じます。馬鹿にされるのではないか、やっていけるのか、と心配していましたが、予想に反して大丈夫でした。これは良い意味でのカルチャーショックでしたね。あと、僕はCGを作っている人間ですが、留学していた大学はどちらかというと伝統的な技法の手描きなどに強い大学だったんです。CGの授業もあるのですがそこまでみんな詳しくはありませんでした。それで、僕がCGをみんなにいくつか教えたりもしていたんです。強みがあると絶対馴染めますよね。言語もできないし何をやっても自分たちより下だと思われたらよくないことが起こるのかもしれないけれど、僕は大丈夫でした。
Q.留学中に挫折はありましたか。
A. 途中で帰ってこれないので挫折とか考えている暇はなかったですね。日本語が通じませんから、なんとかするしかないですよね。でも別に心が折れそうになったことはないです。ずっと楽しかったです。それは多分周りが受け入れてくれたからだと思います。
Q.「とりあえず挫折して成長しろ」というような話をよく聞くのですが瀬尾さんは準備をしっかりされてから留学されてると思います。実際どっちの方がいいんでしょうか。
A. それはわからないですよね。わからないんですけど、僕は個人的にはそれなりに目的意識を持ってから行った方が良い気はしています。そうでないと今後に活かせませんからね。学問を学びに行くのであれば最低限の知識はやっぱり持っていくべきだと僕は思います。
裁判員制度用のCGを作っているのと同じくらいの時期にJohns Hopkinsの学部長の先生がたまたま東京の科学未来館にいらっしゃるというのを知ってこれは行かなければ、と思ったんです。行ってみたら、すごく大きな会場に少人数しかいなくて、しかも僕以外ほとんどみんな関係者で、完全な部外者はおそらく僕くらいだったんです。チャンスだと思って、講演が終わった後に突撃して色々見て頂いたんです。裁判員制度のCGとか、デジタルハリウッドで作ったものとかを見て頂いて、2年後くらいに東大から海外の大学に留学できるチャンスが医学部にはあると知っていたので、「2年後くらいに先生のところへ行きたいので宜しくお願いします」というようなことを言ったんです。2年後に「僕は2年前に先生に突撃した者です。留学したいです。」という風にメールを送ってみると、やっぱり先生は覚えていらっしゃったんです。だって、日本に来てお客さんが多くない中で講演後に話しかけにきた英語がよくできない学生みたいな人って一人しかいませんしね。でも、向こうでは僕を受け入れて良いかどうか議論になっていました。それは、この学科は100年くらいの歴史があるのですが短期間の留学生を受け入れたことが1度もなかったんです。しかも僕は英語ネイティヴじゃないので、「まともに英語を話せない学生でしかも短期でくるのは大丈夫なのか」ということがかなり議論されていました。そういう言葉の壁のようなものもあるし、そもそもこの学生はスキルがあるのかというところも見られていました。6人の枠に80人くらい応募するような倍率の学科で他の人たちは修士過程2年間勉強する中、数カ月だけ留学生が来るというのはかなり異例ですよね。「君が日本語で作った作品を全部英語にして送って」という風に言われたので送りました。その結果、教員会議でOKが出て、授業料も免除になりました。寮も一部屋用意して頂けました。それから、学科の卒業生が作った会社に1週間くらいインターンにも行かせて頂きました。しかもその宿泊費を学部が出して下さいました。
Q.次に、未来へのアクションシートについてお話しいただければと思います。
今会社で行っているのは患者のケースを受け負ってそれを形にするということでしょうか。
A.本当はそれをやりたいんですけど、難しいんです。いろんな技術が必要になりますし、一人ではできないことです。例えば、患者さんごとの心臓を作ってそれをシミュレーションで動かす、というようなことをしようとすると、本当に多くの知識を必要としたりするので僕だけでは無理なんです。CT画像から心臓だけ抜きだそうとするとそれだけですごく難しい画像処理になってしまって、それを綺麗なCGにするのもまた大変なんです。そこまでできて初めて医療にどう役立てようかという話ができるんですけど僕はその一番最後の部分しかわからないんです。そう考えると、少しはやっていたりするんだけれども、まだまだ出来ないことも多いんです。
「新しい薬がどうやって効くか」というような映像を製薬会社さん用に作るような仕事も普段しています。
Q.サイアメントのロゴにも書いてあるのですが「サイエンスを、正しく、楽しく。」というキャッチコピーが使われていますが、「正しく」というのは納得できたのですが、「楽しく」というのはどういうことなのでしょうか。
A. 正しくたって難しければ誰も聞いてくれないですよね。どんなに正しくても誰かに伝えたいときには伝えたい相手が興味を持ってくれなければいけないと思うんです。それって楽しいか楽しくないかですよね。例えば、医工連携って言葉がありますよね。工学部で優秀な人がいても医学に関しては一般の方と知識的にはあまり変わらなかったりするし、逆もまたあるんですよね。そういう状態では医工連携って進まないんです。工学部の人たちが何をきっかけで情報を知るのかというとニュースやわかりやすく噛み砕いたバラエティ番組だったりするんです。ちょっと面白そうだから、楽しそうだから見るというようなところからコラボレーションが生まれるわけですよね。僕も難しいと思われていることを正しく伝えるためには楽しく伝えないと誰にも伝わらないだろうと思っているんです。正しく伝えているんだけれども最後まで見てくれないとか途中で思考停止に陥るとかが起こるわけですね。それと、どこまで理解してもらいたいか考えなければいけないんです。わかってもらっていなくてもなんとなく理解したような感覚になってもらうだけでも良いと思います。僕はきっかけだけ作って、相手が興味を持ってくれればその人は自然に調べるし、勉強してくれるんです。少なくともそういうことができればいいな、思います。映像を作るときには誰に見せたいかによります。医者向けの映像だったら医者の最低限の知識があるのだと思って作り始めるし、患者さん向けならあまり専門的な知識を知らない人、と思って作る。そういう前提で作っていきます。僕も色々と考えはしますが、こういうのは結局自分が監督みたいなものなんですよね。だから、最終的に自分の考えが100パーセント出てしまうんだけども、なかなか上手くいかないこともあるし、この説明の仕方がわかりやすいんだな、と気づくこともあるし。答えがあるわけではないのですが、経験してやっていくしかないですね。やっぱり簡単ではないんです。何も知識を持っていない人たちが5分間の映像を途中でやめずに見てくれるというのが第一段階で、それに少しでも興味を持ってもらえる、というのが真の目標といえます。
インタビューアーからのコメント
留学はしたいけれど新たな環境になじめるか不安だと思っていたが、瀬尾さんのように自分だけの強みを見つけることが大切だと考えました。また、自分は科学コミュニケーションに興味があったので、瀬尾さんの「興味を持ってもらうきっかけ作り」の話がとても興味深かったです。
インタビューアーからのコメント
たまたま来日されていたJohns Hopkinsの先生に自分をアピールしてJohns Hopkinsへの留学の機会を掴んだというお話を聞いて、能動的で行動力のある方だと感じました。留学の道を自分で作るという発想がなかったので非常に驚きました。現在の自分はまだまだ受身の姿勢で世界に向けてもっと積極的に行動していかなければならないと感じました。
インタビューアー:亀谷亮 (東北大学 工学部 電気情報物理工学科 1年)