留学のすすめ.jp

Invitation to Study Abroad

Disseminating the Impact of Study Abroad
Inter-generational Knowledge Transfer

インタビュー

ジャーナリズムを学んで導き出された現在

関 陽平氏

2014年11月22日  15ページビュー
4年以上   アメリカ合衆国   大学  

ニューヨーク州立大学に入学、ジャーナリズム学を4年間学び卒業後、日本に帰国し半導体加工メーカーに就職した関陽平さんに、その経験をしたお話を伺いました。

(学生) – ではきっかけをお願いします。

高校1年のときに、アメリカ留学を体験して実際に行ってみたら英語のコミュニケーションの内容は理解していても、当時自分から積極的に話すことや交流を発することができなかったため、高校卒業後それに対してのリベンジをしたかった。そして他者に自分の考えをうまく伝えるためにまた、その内容をうまくまとめられるような人材になりたかったため、アメリカでジャーナリズム学を学ぼうと決意しました。

(学生) – ジャーナリズム学ということですが、どのような内容を学びましたか、そしてまた未知数な環境の中、どのようなことを感じ取れましたか?

まず内容としてジャーナリズム学とあるように構内にいる学生や先生に対して実際に、カメラを持って足を運びインタビューをして、そこからその内容をまとめ、記事として仕立てあげることをしていました。またジャーナリズム学と言っても私は、10の10ジャーナリズムだけやっていただけではなく、その他の教科や、またスポーツなどさまざまな事に挑戦しました。最初アメリカという国は、文化や言葉はもちろん違いますが、一番にアメリカで出会った人たちそれぞれがフレンドリーでとてもアクティブと上げたらキリがないほど魅力的な人たちばかりでしたが、もっとも感じえたものとして物事に対するメリハリがとてもしっかりしていて、素晴らしいと感じました。テスト前にはガッツリ勉強、またテストが終わると週末にはホームパーティーを開いて、バカみたいに騒いだりといった感じで、私も勉強でも遊びでも本気に取り組む事に対する大切さ、また楽しさを感じる事ができました。

(学生) ? そのような経験をして、心境的に何か変化はありましたか?

ジャーナリズム学で、自分の記事が正しく伝わることもあれば、間違った解釈をされることもあり、自分の中で悔しい部分がありました。しかし、ジャーナリズムというのは誰がどのような受け入れ方をするも仕方ないことだと思い、でも今までで相手に伝わるためにどうするかというものを学んできたので、その行動に対する結果が欲しかったです。だから、想いを伝える行動を数字に結びつけたいと思い、営業関係の道を進もうと思いました。

(学生) – 今の仕事はどうですか?

今やっている半導体という分野は浮き沈みが激しく、買ってくれるお客様もいれば、わざわざ遠方まで何度も足を伸ばしたのに最終的には他のメーカーの商品を購入したため、断られたりと、入社して4年目ですが、悔しいことも嬉しいこともたくさんあります。海外に飛んで行きたいのですが、まだまだ国内にいることばかりです。その中でも今までやってきたことを思い出し、それを励みにすることができる、過去の経験があるからこそ頑張ろうと思える自分があるので、結果的に色々なことを得ることができました。

インタビュー実施日:2014/11/06

インタビューアーからのコメント

●印象に残った世界と繋がるキーワード
・世界は自分で変えていかなければ何も変わらない、受動的人間から能動的な人間へ。
能動的な人間になりたいのですが今までそれを行動に移せていなく、ただそこから逃げつつになる自分にとってかなり濃い内容だと思いました。

●お話を聞いて感じた事。
・自分はまだまだ大学生活が始まったばかりなので、何もかもが目新しく感じていて、その中で新しく行動する選択肢として、留学という方向ではないかも知れませんが、海外に実際に行ってこの目、耳で体験していきたいと思います。資金を貯めて、自分の大学生活の中で必ず1回は海外に行こうと思いました。

インタビューアー:川口 修平

インタビューアーからのコメント

●印象に残った世界と繋がるキーワード
・世界へと身を向ける、すなわち挑戦。実際海外のいろいろな国にいってみたいと思いつつも行動に移せていない自分にとって非常に濃い内容だったと思います。

●感じた事
・私も学生生活残り少ないですが、まだ残された時間を有意義に過ごしたいと感じました。ぶっちゃけ留学やグローバルという考え、すなわち留学という方向はまったく考えておりませんが、バックパッカーのように様々な人、様々な文化、様々な感触を得るためがんばって資金をため、学生のうちに海外へと飛び出すアクションを起こしたいと思いました。

インタビューアー:菱川 雄太