留学のすすめ.jp

Invitation to Study Abroad

Disseminating the Impact of Study Abroad
Inter-generational Knowledge Transfer

インタビュー

異性の外国人を口説けるようになったら1人前!

長屋 陽氏

2018年2月20日  248ページビュー
6年以上   アメリカ合衆国   大学   高校  

「なぜ留学しようと思ったのですか?留学にいたる経緯は?」
長屋さんのお婆さんの叔父にあたる人が戦前に単身渡米。その叔父が米国でアメリカ人女性と結婚し、バージニア州に定住した。叔父と祖母は仲が良かったらしく、手紙などを通して、連絡は取り合っていた。これが長屋さんのご家族の海外への興味のルーツであるとおっしゃっていた。1973~4年頃に、その叔父が自分の死期を悟ったのか、最後の日本への里帰りを果たし、東京にある長屋さんの実家で数ヶ月滞在した。叔父は米国に帰国後まもなく他界。その後、叔父の妻より、長屋さんの祖母と両親にアメリカ留学を強く勧められ長屋さんが明治学院高校1年生(1976年)の時、1カ月の夏休みの休暇を使いお試しという感じでアメリカに滞在する。折しも、米国は建国200年記念で賑わっていた。初めての海外渡航であったが、学校授業で覚えたての英語を精一杯使って、有意義な経験をした。帰国後に熟考を重ね、留学を決意。翌年、当初は1年間の予定で出発したが、いざ留学をすると、毎日がとても楽しく日本に帰りたくなくなったという。そのまま日本の高校は休学し、最終的には自主退学。7年間に渡るアメリカの高校生活、そして大学生活を送る。長屋さんも自分でおっしゃっていたが、自分は海外との接触に縁のある家族環境だったために、留学をすることができたとおっしゃっていた。
 
質問:「留学準備で苦労したこと、工夫したことは何ですか?」
当時は留学斡旋業者など皆無で、手続きや書類の作成など、親の助けを得ながら自前で作成しなくてはならなかった。現地との手紙のやりとり(インターネットもFAXも無い時代)や、米国大使館へ何度も足を運んだ。また、祖父が国際ロータリークラブの会員だったこともあり、最終的にはホームステイ先はその繋がりも活用して決定した。
 
質問:「留学中に苦労したこと、工夫したことは何ですか?」
中学の3年間と高校に1年は、英語教育では先端を行く明治学院で勉強していた。当時では珍しいネイティブ教師も在職しており、英語に関しては他の教科より成績は良かった。基礎英語力は有ったので、留学中に特に困ったことは感じなかった。基本的に自分は楽観的な性格であり、物事はなるようになる、そして、悩んでもしょうが無い事は悩まない主義だ。流れに身を任せ、適切な時にアクションを起こし、どこに自分が行くのかをじっくりと眺めていた。
 
質問:「留学中に語学の面において困りませんでしたか?」
英語は授業を通してそこそこ得意であったので、語学面においての苦労はさほど経験してはいない。しかしながら、留学先で最初の半年間は全ての授業をカセットテープに録音し、帰宅後に聞くということでヒアリングを補完した。半年後のある日、録音を聴かなくても授業内容をきちんと理解している自分に気がついた。苦労と言えば、そんな程度かも知れない。
 
質問:「留学前に不安だったことは?また、実際に留学に行ったら、どうでしたか?」
当初は1年間の予定であり、現地の状況も下見をしていたので、自分の楽観的な性格上、不安と言えるような事は無かった。自分の記憶する限り(笑)。実際に留学してからは毎日がとても楽しく、日本に帰国したいという気持ちは無かった。高校生というある意味、青春の真っ只中でやはり、異性に対する興味は旺盛だった。留学先で彼女を作ることで、コミュニケーション能力としての英語(物は言いよう?)は格段に上達した(はずである)。
 
質問:「留学で得たものは何ですか?」
・語学力、英語のコミュニケーション(会話のキャッチボール)相手との意思疎通をすることはもちろんのこと、現地での文化やその地でしか味わえない体験を留学で得ることができた。
・海外留学を通して、本やネットの情報ではない、ファーストハンドな体験をすることで、その後の人生において活用できる、より多くの引き出しを持つ事ができる。
・度胸を得る。新しい土地で自分の知らない土地に自身を放り込む事で、そこでの生活体験を通して、どこに行ってもやっていけるという自信につながる。
 
質問:「留学が帰国後のキャリアや人生にどう影響しましたか?」
自分の将来(今)につながったことが大きい。フリーランスの写真家としてオリンピックやその他の撮影、通訳・翻訳業務、メディア・コーディネータ(来日する海外メディアの取材活動をサポート、プロデュース)、そして英語教育(主に日立製作所で英語を教える)という4本の柱で仕事をしている。これらの仕事は世界的なデフォルト言語である英語でコミュニケーションは取るのはもちろんのこと、様々な人と関わることが多い職業であるので英語は欠かせない。また、現場での交渉が次の仕事や人脈にも繋がる。
つまり留学を通して語学武装し、今の仕事に役立ている。また、海外留学を通して培ったチャレンジ精神とパイオニア・スピリッツも仕事をする上で重要な要素となっている。
 
質問:「今後、留学を目指す学生へアドバイスをお願いします。」
1970年代と違い、今の時代はどこでも英語、英会話の勉強をすることができる。外国語を学ぶ、という目的において、便利な環境が整っている。しかし、海外留学には、単に語学を習得するという結果以上に、学べる事は多い。現地に滞在し、どっぷりとその土地に自分を浸す事で、文化や特色も一緒に学び、こと現地の人の考えを学ぶことなど日本とは異なった環境を感じることを大切にした方がいい。明確な目的意識も重要だ。例えばTOEICのスコアを上げるなら、勉強は日本でもできる。だから海外留学に行くことでしかなし得ない経験をする、という目的をしっかり持つべきだ。もちろん、勉強ばかりではなく、しっかりと遊んで、自分にしか出来ない経験を積んできて欲しい。

インタビュー実施日:2017/07/03

インタビューアーからのコメント

「印象に残った言葉」
私が英語を喋れるようになりたいから留学をしたい、と言ったときに「英語が喋れるようになるとは?どこまで??」と問われた。私は「会話のキャッチボールで、相手との意思疎通が図れること。」と答えると、長屋さんは「それじゃ甘い。英語が喋れるというのは、相手、つまり異性の外国人を口説ける(ナンパできる)ようになったら1人前!」であるといわれたことです。異性が口説けるということは相手を知りたいという気持ちと、相手の意図をくみ取ること。つまり、それがコミュニケーションであり、ただ一方的にしゃべるだけではない意思疎通が重要なのだと思った。

「お話を聞いて、感じたこと、学んだこと」

今回お話しを聞いて私の留学における意識の甘さを感じました。留学のすすめの授業でいわれていた英語は手段として使うことは理解していたつもりであったが、なぜしゃべりたいのかと問われたときに漠然としゃべりたい、海外の友達を作りたい、などの漠然とした回答しかできませんでした。そこで言われたのが、喋れるようになるだけであったら日本でも勉強ですることはできる、との指摘を受けました。もう少し強い留学の意志がなければ留学をする意味をなさない。せっかく、留学は日本ではできない経験を得ることができるんだから文化、考え、新たな環境を感じてきなさい、と改めて言われたことで私はもう少し留学についての明確な目的や行先、そして自分が見てみたい国、興味のある国での留学をしようと考える。在学中に留学に行きたいという気持ちが、この授業通して、様々な人たちの話を聞くうちに強まった。

 今回、このような課題が出されることによって自分でインタビュー相手を見つけインタビューをし、よりあいての言葉を引き出すにはどうしたらいいのかを考えるとてもいい機会になった。実際今回インタビューさせていただいた方が世界を飛び回るジャーナリストの方であったので話し方、質問の仕方などとても参考、勉強になる点が多かったのでとてもいい経験になりました。

インタビューアー:石田 かりん(東洋大学)