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インタビュー

今井章子さんの留学体験記

今井 章子氏

2015年12月16日  113ページビュー

[インタビューゲスト] 今井 章子 さん 
(東京財団 常務理事 兼 研究員)

フルブライトプログラムにより米国のハーバード大学ケネディー大学院をへて、東京財団常務理事兼研究員として現在世界中を駆け巡っている今井章子さんに、留学までの経緯、留学時の経験、留学を終えてから現在に至るまでのお話をお伺いしました。

Q)社会人を経て留学に至った経緯を教えてください。
元々は日本の政治・経済・社会の諸相を海外に伝える英文出版社に13年勤務し、最後は実務リーダーを務めていました。そこで、こういう硬派な日本情報の主要読者は誰かと考えたときに、読者になり得る人達(世界中の有識者)が、どういう風に世界、日本を見ていて、どういう問題意識でいるのか知りたいなと思ったのが留学をしようと思ったきっかけです。しかしアメリカの大学は費用が多くかかるため、フルブライトプログラムを利用し、子供を連れて渡米しました。

Q)留学期間はどのくらいだったんですか?
私の場合は一年間留学していました。この一年間のコースは実務経験が8年以上ある人しか受験できない社会人対象の専門職大学院でした。1年間にプログラムを凝縮しているため、文字通り勉強漬けの毎日でした。

Q)様々な国の方がいる中で文化の違いからの衝突はあったんですか?
周りの学生も大人だったためにケンカ等の明確な衝突はなかったんですけど、むしろ大人らしいコミュニケーションで、ネイティヴの英語を理解するのには苦労しました。私は元々、横浜港の通訳等の経験も多少ありましたので、貿易摩擦とか、個別的自衛権とかいった時事的な会話には自信があったんですが、アメリカに暮らしたことはなかったので、生活上の会話が現地の人に伝わらなかった時は衝撃を受けました。ボストンには地元訛りもあり、綺麗な英語を聞く機会も少なく、特にスーパーに行った際に「sugarはどこですか?」と店員さんに聞いた時に通じなかった際はとてもショックでした。

Q)留学後の経緯を教えてください。
大学院での授業を終えてからは、首都ワシントンD・Cで日本がどのように認識されているか知りたくて3カ月程、ジョンズホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所に客員研究員として滞在していました。その時のご縁で日本に戻った後も同センターのお手伝いをしていたところ、当時東京大学法学部教授で、ジャパンエコーの編集委員でもあった蒲島郁夫(現・熊本県知事)先生から声をかけていただき、世界政治学会という世界中の政治学者が一同に介する世界大会を手伝うことになりました。この学会はその時初めて日本(福岡県)で開催され、私も事務局の一員として日本と世界の政治学者の方々と知り合いになり、ともに学会を作り上げていくよい経験をしました。一度は日本の組織社会に受け入れてもらえないように感じていた私でしたが、陽気で勤勉な研究者たちとともに働いたことで、しだいに疎外感を気にしなくなっていきました。受け入れてくれる人々がいる中で自分ができる仕事に取り組むようになり、ます米国のビジネス書の翻訳を始めました。そうすると自然と色んな所から新しいお誘いをいただくようにもなり、今では訳書は6冊になりました。また国際交流基金で海外広報をやってみませんかというお話がきて、さらにその後に留学前のクライアントでもあった東京財団の人から声をかけていただき現職に至ります。勤務の傍ら、昭和女子大学で教えるようにもなりました。

Q)海外に行く上で対人関係を築く上で心掛けていたことはありますか?
人付き合いと主張に関しては日本とは全く違いました。アメリカ社会では自分を程よく強く主張することが大事で、モジモジしていたり、黙っていたりすると相手にされないため、日本的な気遣いで自分の言動を振り返ったり、「あれは少し強く言いすぎたなー」などといつまでも悩むのは止めるようにしました。多民族国家である以上、自分の言いたいことはハッキリ言うことが尊重されていることを実感しつつ、細やかな配慮の国・日本のマインドセットに対して、ある種の「鈍感力」を身につける(気にしない力を身につける)ことが上手くやっていくコツです。勿論場合によりどうしても気になることもありますが、それで物事が好転することも少なく、ひたすら長く考えこむことはあえて止めるようにしました。

Q)留学経験を通しての感想をお願いします。
正直なところ、政治の街ワシントンDCに行ってからは、日本のプレゼンスもアジア全体の存在感もあり、それなりに私なりのスキルを発揮できる居場所があったので研究活動もやりやすく、もう少し滞在したかったのが本音です。ハーバード時代は大変ではありましたが、精神的にもタフになれました。また、子どもと一緒に留学できた事は大きかったです。子どもが小さかったため、大人よりも英語の吸収力が早く大変頼りになりました。スーパーにいっても子どもが「sugarはどこですか?」と店員さんに聞く方がちゃんと伝わるので、実に頼もしいパートナーでした。同時に短期間で子どもが異文化と共存しながら成長していくのも実感できたので、親として非常に良い経験ができました。また、大雪で娘の幼稚園が閉鎖になり大学院の教室で私の隣で一緒に講義を聞いたことがありました。英語での活発なクラスディスカッションを聞き取るのに精いっぱいの私に向かって、「ママは何かしゃべらないの?」と娘が耳打ちしたのに力を得て、思い切って挙手して発言したことも懐かしい思い出です。
私自身の体験としては、卒業から10年目の今年5月、大学院の同窓会に出席する機会があったのですが、当時の友人から「章子変わったわね!以前はおとなしいイメージだったのに、今では別人のように話しやすい!」とも言われてとても驚きました。40歳を過ぎてからの留学で私自身の性格はそうそう変わりませんから、留学後の月日を重ねる中で、英語を実際に使って社交や仕事や講演をする機会が増え、自分でも気づかないうちに総合的な英語でのコミュニケーション力が深まったのではないかと思います。友人の言葉によって、思いがけず自分の成長を指摘されたことはとてもうれしいことでした。

『未来へのアクション』

「できる事をちゃんとやる、そんなリーダーシップの開発に取り組みたい!」というメッセージをいただきました。これには私たち若者に対するメッセージも含まれており、若い人が積極的に引っ張っていくことも含まれているそうです。

[インタビューを終えての感想]

今回インタビューをさせていただいた今井さんは、学生時代の留学ではなく社会人を経験されてからの留学という事で、学生留学とは違った形で留学されていたので非常に興味深かったです。印象的だったお言葉として「子供と一緒に行けた事が良かった」とおっしゃっていましたが、勉学のお話と同時に家族のお話も伺う事ができ、今井さんは勿論のこと素敵な家族があってこその留学だったのではないかなと個人的に思いました。また、海外では自分の主張をハッキリすることの大切さだったり、お話を伺っている時も言葉一つ一つにエネルギーがあり、自分のことを言葉でハッキリと表現している姿も印象的でした。そして今井さんは話しながら自然と笑顔が溢れ、笑顔が似合う素敵な方でした。今回今井さんから非常に貴重なお話を伺うことができて良かったです。また改めてお話ができればと心から思います。

東洋大学 中村和也

インタビュー実施日:2015/07/28

インタビューアーからのコメント

今井さんは社会人を経験されてから留学に至った学生留学とは違った形で留学されたお方です。留学に至るまでの経緯、留学中、留学後全てのお話が聞き入ってしまうものばかりでした。留学には様々な方法があることを知ったのと同時に、色んな人の支えがあって成り立っているものだと実感しました。

インタビューアー:中村和也