留学のすすめ.jp

Invitation to Study Abroad

Disseminating the Impact of Study Abroad
Inter-generational Knowledge Transfer

インタビュー

世界中の人と触れ合い、考えを述べ合い、日本人や日本文化の大切なところを気づかされた

夕子 山際 ネルセン氏

2014年11月22日  24ページビュー
1年以上   アメリカ合衆国   大学  

簡単な留学から今までの経緯

ロサンゼルス留学は1年間行き、その後短大へ進学。プラクティカルトレーニングVISAを取得し、仕事へ就いた。仕事をしながら、今の夫と出会い、結婚。永住権を獲得する。その後は、同じ職でずっと働く。また、働きながら大学へ通うことを決心し、入学する。しかし、その途中すい臓がんという病気になる。家族の支えがあり、無事復帰。現在も大学に通いながら、同じ職で働いている。

なぜ海外に行こうと思ったのか?

中学1年生くらいの頃から絶対海外に住むという思いがあった。家庭環境が母親の片親という状況であったが、なぜか意識は常に海外へ向いていた。また、英語圏の音楽や映画に興味を持っていた。中学の英語の先生がクラスの中でよくビートルズなどの曲を流していたので、身近に感じていた。海外に行くことになったきっかけとしては、OLになり、お金に少し余裕が出てきたところで英会話スクールに通いだした。英会話の先生が日本人のシンガポール航空の客室乗務員であり、とても輝いて見え、その人の影響により海外で英語を学ぶことを決心した。

家庭環境をふまえ、家族の留学への反対はなかったのか?

全くなかった。母へは、「来年から行ってくるね」といった感じだった。たぶん、家族は留学へのイメージが湧かずに何も言えなかったのではないかと思う。

なぜアメリカのロサンゼルスを選んだのか?

アメリカといえば、西海岸。西海岸といえばサンタモニカという単なるミーハーな気持ちもあったが、日本での英会話の先生と同じ大学に行きたいと思いロサンゼルスに決めた。

留学先での苦労は?

英語が全くわからなかった。就職してから、仕事をしながら英語を学んだ感じ。全然理解できず泣いたこともあったが、それを乗り越え、勉強をがんばった。

仕事探しでの苦労は?

苦労しなかった。面接を受けた会社の社長に気に入られ、すぐに職を見つけることができた。今でもその会社で働いている。

仕事内容は?

留学生相手の仕事をしている。窓口の仕事や留学生のサポートをしている。今となってはアシスタントto CEOとして働いている。

海外生活で感じたこと

海外に住んでアメリカ人のみにかかわらず、世界中の人と触れ合い、考えを述べ合い、日本人や日本文化の大切なところを気づかされた。

なぜ働きながら、大学に行こうと思ったのか?

夫の影響が大きい。夫も働きながら、大学に通っている。学びに対する意欲がすごいため、影響を受けた。また、自分としても生涯勉強という考え方なので、大学に入り、再び学ぼうと思った。

病気の診断を受けたとき、どのように感じた?

医師から5%しか生きることができないと言われたが、家族の支えやいい医師に巡り合えたことで今は生きていることができている。

今後は、どのようなことをしていくのか?

今後は仕事の立場上、会社の運営の勉強やアカウンティングの勉強が必要になってきたので、その勉強に力に入れていこうと考えている。もちろん、英語で勉強する。

インタビュー実施日:2014/11/14

インタビューアーからのコメント

自分の叔母にあたりますが、詳しく今に至る経緯を聞いたことがなくいい機会になりました。田舎の地から海外に飛び出たその行動力に本当に尊敬します。また、海外に渡ってからもさまざまな苦労がある中で、それを乗り越え今も未来の目標に向かっている姿に感動しました。さらに、中学時代からの思いを大人になっても持ち続け、それを実現させた志の高さは見習うべきものだと感じました。

インタビューアー:山際 友貴

インタビューアーからのコメント

就職してからもなお、大学で学ぼうとする姿に感銘を受けた。病気にも負けない姿にも感動した。そして、新たな目標を見つけ、それに向かう姿は見習うべきだと思った。

インタビューアー:野山 就平