特別インタビュー
「青年の船」が人生の船出
一般社団法人 グローバル教育推進プロジェクト(GiFT) 鈴木大樹氏
慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了(MBA)、カリフォルニア統合大学院臨床心理学修士課程修了。アメリカへの留学及び世界一周をした経験を持つ。現在は、GiFTにてシニアダイバーシティ・ファシリテーター、株式会社GiFT partnersにて代表取締役・エグゼクティブコーチとして勤務。また文部科学省の官民協働国家プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN【高校生コース】」事前・事後研修講師としても活躍。
大学生時代には留学をしなかった大樹さん。大学4年生のときに参加したのが国際交流プログラム、「東南アジア青年の船」です。留学は37歳のときにアメリカの大学院に3年間、その後2年間かけて世界一周をしています。それぞれについて、また留学や今後についてもお話を伺いました。
価値観の摩擦が勉強になる船の上
大樹さん(以後大):東南アジア青年の船は、船の上に東南アジアの国々と日本から代表青年が30名ずつ乗って船の上で共同生活をする。各国に寄ってホームステイをしたり、見学したり。同室のキャビンメートはマレーシアの子だったりタイの子だったりする。ずっと一緒に暮らすので価値観のぶつかり合いや摩擦もいっぱい起きる。船の中の世界は日本ではない、でも東南アジアのどこかの国でもない、皆でルールを決めて世界を作っていく。例えば、女性の服装で半袖ってどこからどこまで許されるだろうとか。イスラム教の国の人たちの価値観に合わせることが良いわけでもないし、日本人の基準でやれば良いわけでもない。お酒を飲める国の人もいれば、宗教上の理由で飲んではいけない国の人もいる。そういう違った価値観を持つ違う国の人々が同じ空間で2か月間ずっと暮らす。だから、そういう意味ですごく深く、価値観や人間関係の摩擦も起こるプログラムで、すごく勉強になる。
インタビューアー(以後イ):そうするときちんとコミュニケーション取らなきゃいけないですよね。これは嫌だ、とかを共有したりしましたか。
大: 船の上で共同生活をするから、“かっこいい”国際交流だけじゃなくて。たぶん日本人同士で共同生活2ヶ月したって摩擦が起こる。つまり、摩擦が、国が違うから起こるというより、人としてみんな違う。それが自分ごとになって受け入れていく。だから、僕のキャビンメートとの関係も最初はマレーシア人の○○さん、タイ人の○○さんで見ていたのが、国籍がだんだん後ろに下がって行っちゃうような感覚になった。要は、国籍が関係ない関係になっていく。
イ:大樹さんは日本のどんな文化を発信しましたか。
大:船の上では、大きな意味での「日本文化」っていうイメージのものはちゃんと伝えなきゃいけないっていうプログラムがあるので、「青年の船」の選考に通ってからはみんなそれを紹介できるようになるために猛特訓するんだよね。僕は和太鼓だったけど、プロに教わりに行って合宿に行って。片手だけで12個皮がむけるぐらいやった。「個人としての日本文化」としては何を発信できるかというと、実は、自分がどういう環境で育ってきて、地元はどんな歴史があって、こんな場所で、お父さんとお母さんはこういう人で、自分はこんな育てられ方をして、両親の実家がこういうところで、っていう身近な内容のほうがすごく喜ばれたりする。だから2つあるかもね。自分が自然に生きている、地元のものと、一般的に見るみんなが持っている文化。
大学卒業後は就職しますが、ビジネススクールに通うため退職。その後コンサルタントとして勤務するうちに、チームワークやモチベーションについて考えました。そのプロセスでコミュニケーションは人の心だと気付き、学ぶなら学問以外にも学べるものがあり、且つ学問の進んでいるアメリカの大学院への留学を選択しました。
目線を合わせる
イ:今のお仕事に、留学中に学んだ臨床心理はどのように役立っていますか。
大:まず、旅の経験をしておいてよかったなって思うのが41歳で旅をしていると出会う人はだいたい若い人が多かったこと。僕ぐらいの年齢で旅している人ってあんまりいない。みんな働いていて忙しい。若い人といっぱい話すと、国とか関係なくして、同じ目線でちゃんと向き合って話してくれる大人って貴重なんだなって彼らに教えられて。すると、カウンセリングでいいなと思ったのが、ほんとに「聞くこと」って価値のあることだって分かったこと。だから、僕は若者と会った時もあんまりアドバイスしない。あともう1つは、例えば若い人と会った時にもあんまり年上ぶらずに、すごく年上の人と会った時でもあまりへりくだらずにニュートラルでいられること。悩んでいる人であっても元気な人であっても誰とでも一緒にいれるカウンセリングで学んだスキル。それはすごく価値のあることだと思った。留学先の大学院CIISのプロフェッサーたちにアドバイスされたのは、「CIISでの3年間で、あなたたちが一番身に着けるべきことは、目の前の人と、本当の意味で一緒に居られるようになることよ」ってこと。それは、いまの自分の中でもすごく活きている。
青春時代ってすごく揺れるじゃない。僕の中では「それはそれでいいんだぞっていう感じ」がある。『ダメじゃん。何やりたいの。決めなきゃ。やりたいことのチェックリストをつくらないと。自己分析足りないんじゃないの。』とかじゃなくて。みんな悩むんだ、それでいいんだっていうのはすごく勉強になったね。
イ:その視点に立ってから見えるようになったものってありましたか。
大:その視点に立って見えるようになったことは、若い人と話すと学ぶこと多いなってこと。実は、一般的には話している分だけ聞く時間を減らしているわけだから、聞いた方が勉強になると思う。
留学後は両親説得のために1度日本に帰国してから世界一周に挑戦した大樹さん。得られたものは「自分の声」との出会いでした。
行動が意識的に変化 出会いにも敏感に
イ:ワールドトラベラーとして2年間かけて世界一周をしたとお聞きしたのですがその経験を通してなにか自分自身変わったこととかありますか?
大: 本当の意味で旅に集中することも大事だなって思う。旅の中で何かプロジェクトをするのではなくて。僕は旅そのものを味わおうと思って行ったので、何もプロジェクトはしなかった。僕の旅で良かったのは孤独の時間がたくさんあったこと。さっきの船の経験とは別なんだけど、自問自答の時間がいっぱいあった。外国に行くと列車待ちが平気で6時間とかある。駅には誰もいなくて、「暇だな。俺、何やっているのかな。こんなことやってていいのかな。どうして旅に出たのかな…」。そんなことを考えている時間から何が起こるかというと「自分の声」が聞こえるようになる。自分が何をしたいのか、どこに行きたいのか。そうすることで全てを意識的に選択するようになる。人生はよく旅にたとえられるじゃない?仮に、人生とは旅であって、その人生や旅の価値が出会いにあるとすれば、例えば僕が1日遅く旅に出発していたら、あるいは、一日早く旅に出発していたら、出会う人が全員変わっていたと思う。旅の質が変わったと思う。こういうことは、人生にも当てはまるんじゃないか。すると、出会いとか「選ぶこと」に対してすごく意識的になるっていうのはものすごく価値のあることだったんじゃないかなって思う。
イ:そこで特別、何か素晴らしい出会いとかはありましたか。
大: それぞれ良かったなって思う。その出会いがあったからどんどん自分が変わっていく、どれも欠くことのできない要素だったんじゃないかなって思う。ただよく聞かれるのが、どの国が良かったですかっていうこと。よく答えるのが友達ができた国が一番良かったということ。友達ができればその国にたぶん何度でも訪れるようになる。世界遺産は、たぶん一度行けば十分だから。何度も同じ世界遺産を訪れる人って少ないんじゃないかな。
「出会い」で言うと、ガラパゴス諸島がすごく印象に残っていて、何が良かったかっていうのは、野生動物との出会い。シュノーケリングやっていて、ウミガメに出会った。海の底で藻を食べていて、時々、息を吸うために海面に上がってくるんだ。僕もそれに合わせて、ウミガメの後を追って、何度も潜っては上がるんだけど…、もっと一緒にいたいなって思ったから、ウミガメのおなかに手を入れて、潜れないようにしたんだ。そうすると、ウミガメがこっちを見て、ヒレを動かして、『何するんだよ』みたいな感じで僕の手をどける。それで、ああごめんごめんって。なんか、動物と会話できているみたいな感覚になった。そんな風にして、しばらく遊んだんだ。旅でもお別れするとき、人間同士であれば「See you again」って言うよね。もちろん、なかなか会えないだろうとは思うんだけど、でも可能性はあるよね。でもさ、動物たちにも「See you again」って言ったんだけど、たぶん2度と会うことはないだろうなって思った。会話を感じた動物とだからこそ、一期一会をより深く感じた。すごく感動があった。
留学も世界一周も経験されていて且つGiFTで高校生・大学生を海外に送り出している大樹さんに、留学についてどのように考えているのか伺いました。
EXCUSEは自分次第
イ:「学生のうちに留学しよう」という人が多いと思うのですが、家庭や定職に就いてから留学することについてどのような意見を持っていますか?
大:トビタテ留学JAPANでよく言われているのは10代・20代のうちに3回留学しようということ。それは高校生で1回、大学生で1回、社会人で1回。
イ:社会人で1回といってもなかなか実現するのが難しいと思うのですが…
大: 大学生でも社会人でも背負っているものはそれぞれあると思う。ゼミであったり、バイトであったり、仕事であったり。その中で、自覚的にちゃんと選択できればいいだけ。どの年齢でも、行動を起こさないことに対して、EXCUSE(言い訳)は何でもできる。実は、本当はどの年代も自由で、状況をどう捉えるかだけ。「社会人になったら…自由が無い」というのは一般的に言われていることだけど、自由に生きている人はたくさんいる。そうやって生きている人を見るとまた「あの人と私は違う」という「行動を起こさない」ためのEXCUSEが始まる。人間はいつもEXCUSEをはじめる。そこを自覚したら「来年は行こう」ではなく「夏休み行かなきゃ、そのために行動し始めなきゃ」と思い始めていくと思う。だから今過ごしている時間をちゃんと自覚する。何をやっているのか、何を勉強するのかを考えながら生きることは大切だと感じる。
イ:先ほど留学したいと思いますと言ったのですが、明確な目的はなくて、ただ海外に憧れているだけなんです…
大: 目的はあるに越したことはないけど、目的がないから海外に行かないっていうのは変かなと思っている。まず行くという行動を起こすことから見えてくることがあるから。でも留学は目的があった方がいいことがある。例えば、単位をとらなきゃいけないし、誘惑も多い。一般論で言えば、目的はあったほうがいいんだろうな。でもチャンスがあるのに目的の有無を言い訳にして逃げている人もいる。そこをちゃんと自分で理解して行動を起こせるものがあれば大丈夫。本当に憧れが強いなら十分な理由になる。
留学は楽しいことばかりじゃない。言葉は通じないし、ディスカッションについていけなくてポツンとしていても誰も気にかけてくれないし、お昼を食べる友達もいない。そういうときに目的があると乗り越えようと頑張ることができる。めげずに行動する勇気の原動力が目的ではなく憧れでもいい。海外に行くことがゴールではなく、現地でどういうチャレンジができるか、日本に帰ったあとどう生かせるか。留学が楽しい経験ばかりではないということを知っている人は親切心で目的を持てと言ってくれるんじゃないかな。
イ:大樹さんも留学で苦労したことがあるのですか。
大: 最初のうちは苦労ばっかりだよ。クラスに留学生が自分1人だったし、みんなネイティブだし。しかも残念なことにロールプレイが多かったんだよね。でもみんなプロフェッショナルになるために学校通っているのに、言葉も怪しい自分と二人組なんかくみたくない。それは当然だよね。自分の英語力を上げないと、と思って、大学院の時間外で2つの英語学校に通ってみたり。でも日常会話と専門用語が分かるのと、人の悩みを理解できる英語は、レベルが違う。英語の勉強に終わりはないっていうことが分かった。日本語と同じで文化的な背景と状況を理解したうえでないと本当の理解はできないと実感した。
イ:でも苦しいことこそ成長に繋がりますよね。
大:今になったらそう言えるけど、経験するまでが大変だと思う。でもすごく価値のあること。そのときに何が支えてくれるのか、何が自分を前に向かわせるのか。留学だけでなく人生全般に言えることだよね。
旅の途中で沢山の人と出会いお話をされたことはもちろんのこと、若い世代の話に耳を傾け、またアメリカの大学院時代に仲良くなった男性が実は元女性だったという経験もされています。大樹さんの考える「相手を理解すること」について伺い、自身の体験も踏まえ難しさを教えてくださいました。
“理解する”こと
イ:先ほど文化的背景が難しいというようなお話をされていましたが、それはどのように乗り越えましたか?
大:本当の意味での理解は難しいかもしれないね。だからちゃんと話を聞いて、理解したいという姿勢を持ちながら関わっていったかな。実際には分かっていないのに、「それ分かる!」とか言われ、その人の限られた経験の枠の中で理解されてしまっても困るよね。だから分からないことは聞いていく。分からないことは正直に言って、聞いていく。もちろん失礼のないようにね。
イ:理解しようとする姿勢は伝えられますもんね。日本はLGBTに対して理解が浅いと思うのですが、外国の方はどのようにしていたのですか?
大: アメリカだから理解が深いというのは全然なかった。LGBTへの分かりやすい差別もたくさんあった。また、自分たちが何気なく使っている言葉の中には理解してあげる、接してあげるという上からの目線の言葉があるよね。でも、例えばマイノリティの人はそういう言葉に敏感だと思う。わかりやすい差別はやめた方がいいって誰でもわかる。でも、無意識に、自分の深い所にある差別心はわからない。僕もできていない。
そう思った理由の一つは、とある渋谷でのプロジェクトで、渋谷の街を男同士で手をつないで歩いてくださいと言われて、俺僕は他の人より勉強してきたし余裕と思っていたけれど、実際やってみると、いろんな通行人から二度見されることが多くて、だんだん手に汗かいてきた。手を組んでくださいと言われたとき、組む方と組まれる方があって、組まれる男性ポジションを取りたがっていた自分がいた。それが差別とどうつながっているかはわからないんだけど、自分はそういうところに抵抗を覚えるんだと気付かされた。
今までのインタビューでは過去と現在をお聞きしたので、最後に未来について伺いました。
自分の経験を誰かのきっかけに
イ:大樹さんの今後の目標はなんですか?
大:GiFTの世界観が良いなと思っているので、GiFTの活動をもっと広げていきたい。今、考えていることは、自分が経験してきたことを10代、20代の人たちにワークショップのような形でメッセージを届けていくこと。自分自身の成長ためではなく、メッセージを伝えたりすることで貢献していきたいという思いがある。
なので、きっかけづくりになれたら嬉しい。選択肢を広げることは大切だけれど、自分の目の前に選択肢があるときに選べる自分かどうかということは、大切なポイントだと思ってる。例えば、私たち日本人はパスポートを持っていたら、どこの国にも行くことができる。でもイスラエルの人たちは様々な問題が関わってくるので、行くことができない国もある。僕たち日本人はパスポートでどこにでも行くことができるのが当たり前だと思っているから、この選択肢に気づいていなくていろんな国に行かない人もいる。
当たり前に気づき、選択肢を見つけ、選べる自分になることが大切。そしてその後は、チャレンジをしてほしい。学生のうちはもちろん、社会人になってからでもチャレンジできることはいっぱいある。できないと決めつけないことも大切。海外に行くと、もっと広い範囲でものを見ることができるようになり、選択肢も広がる。そういう意味でも、海外経験は良いものだと思う。
【編集後記】
留学なんて自分にはできないと思ってしまっている人に読んでほしい今回の大樹さんへのインタビュー。どの経験も大樹さんの現在に欠かせない要素であり、きっかけに気付けば自分次第でさまざまな経験ができると強く感じました。このインタビューでひとりでも多くの人が一歩踏み出せたらいいなと思います。
石川栞
田村結香
紀本麻江